| タイトル | : Re: 体感できない現象、ニュートリノ |
| 記事No | : 280 |
| 投稿日 | : 2008/01/17(Thu) 14:23 |
| 投稿者 | : Gin |
「ニュートリノ」という言葉と最初に出会ったのは、中学生位の時、ある科学雑誌に載っていたSF漫画の中だったと記憶しています。当時は世紀末の不安感からか、いくつもの人類滅亡のセオリーがまことしやかに語られていた時期でもあり、その漫画も、近距離での超新星爆発によってあらゆる宇宙線が地球に降り注ぎ、遺伝子を破壊された人類が全滅するという、気が滅入るような内容でした。 ニュートリノや超新星爆発といった言葉自体もまだ目新しく、本来なら宇宙の姿を解明する手がかりとして、もっと明るい関心の持たれ方をして当然だったと言うのに、あの頃の殺伐とした雰囲気は一体何だったのでしょうか。 先端科学、特に肉眼で見えないものを扱う分野が、一般人にとってはブラックボックスであったこともひとつの原因ではあるでしょう。 小柴先生のノーベル賞受賞は、この分野への社会的認知度を高めたという意味でも、大変意義のあることだったのではないかと思います。
先日、リサ・ランドール博士を取り上げたNHKの番組中、東大生が理論物理学の魅力について「鉛筆と紙があれば宇宙について知る事ができる」と話す1コマがありました。 実際に宇宙の果てを見ることはできなくても、その姿について考え、知ることはできる。だからやりたいのだ。 昨年の合宿の中で出た「そんな事を研究して何になるんですか?」という質問へのひとつの答えだと思いました。
研究者たちは今、スイス・ジュネーヴで始まる大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の実験に注目しています。 山手線に匹敵する規模で建設されたこの実験装置は、素粒子という極微の世界で起こる現象の観察を通して、宇宙全体を説明する理論の実証を試みるためのもので、素粒子物理学や理論物理学の世界に大きな発見をもたらす事になるだろうと言われています。 カミオカンデ同様、宇宙の姿について知るための手がかりをニュートリノや素粒子といった極微の世界に求める、そして、その極微世界の観察のために今度は巨大な実験装置を必要とする、という図式は、非常に面白いですよね。
LHC実験の1つには、多くの日本人研究者・技術者も参加しているとのこと。 理論や実験について全てを理解する事ができなくても、壮大なテーマに対して果敢に挑戦している人がいるという事実と、実験の結果何が分かるのか、という事には、私自身少なからずワクワクしています。
実証された理論は、いつの日か必ず応用されていくものですから。
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